フォトクラブ Beeing-promotion、12周年記念特集、

伝説の団体、フォトクラブ Prelude 特集

今回特集は、数々の伝説を創り上げてきた、フォトクラブ Preludeの特集です。
モデル撮影会関連では、名前程度は聞いた事がある、という方も大勢居られるかと思いますが、 その活動実態や詳細は比較的謎の多い団体で、カサイ自身多くの期間を共にしたクラブでした。
地元にありながら、近くて遠い団体、そんな フォトクラブ Preludeの魅力を特集してみました。

当時のロゴが残ってませんでした。

<発足>
フォトクラブ Prelude は2006年6月、静岡県浜松市拠点に創設した、モデル撮影会専門写真クラブです。

代表者(活動名)、上田高志、(現在は改名している様子?)
現場責任者(活動名)、カサイアキト、

2名により設立、
当時浜松地区ではモデル撮影団体は、spice GBクラブ(2015年秋消滅)のみで時折名古屋で大撮影会がある程度、もう少し気軽に女性を撮る機会を増やそうと、一般女性エントリー方式で運営開始、

参照団体、関係団体としては、名古屋の団体、名古屋deヌード(2008年辺りに消滅)の形式を参考にする形で開始しました。
団体活動期間は5年目標、外部カメラマンは呼び掛けを行わないクローズ方式の運営で始動しました。

団体名は、フォトクラブ Prelude、
これは国産車のホンダプレリュードより命名、写真団体に車の名前を付ける事には結構抵抗はありましたが、設立者上田の強い要望で決定、
名前の由来となった同車種画像、




<鳴かず飛ばずの創設期>
何をやっても駄目だった創設期・・・

多くのモデルを集めて活気ある撮影会をしよう、とは裏腹に興行は上手くいきませんでした。カサイの家族の手術もあり開始直後に活動停止、応募者もそれなりだったが撮影会を開催する事が出来ず、一部写メ買取等の活動に終始、1年目に実績を作る事は出来ませんでした。
HP制作から掲示板サイトへのPRも行っても結果が伴う事はありませんでした。問合せも不明な物件が多く苦しんだ創設期でした。

団体管理、法整備と運営体制を強化する、

2007年より2頭体制の均一化の一環として、HP整備統括を上田、規約内部整備をカサイと役割分担し活動強化に当りました。
内部整理、フォトクラブ Preludeは
異なる3つのアプローチから法整備を進行
レディーファーストの精神
・素人最強論の提唱
・性犯罪防止、無事故無違反の徹底



☆ レディファースト主義

欧米では女性が尊重される文化、日本では馴染みの少ない風土習慣と言えます。
男性が女性をエスコートする、それを撮影会のスタイルとして取入れていく考え方です。

撮影団体として硬派を目指す、
撮影団体では良く有りがちな、幼い子供のように女性を扱わない、形容しないを徹底しました。

男尊女卑の風潮がまだまだ強い日本ですがモデルあっての撮影会、女性に親切丁寧を思想として実行、フォトクラブの基本ルールとしました。

(レディファースト概念は、別解釈説もありますが、Preludeではモデルのモチベーション向上の目的で活用しました)


☆ 素人最強伝説の理論

フォトクラブは素人主体の団体である、それを活用する、
勝ちに拘ってみる理論、

私共は一般素人モデルを対象に一般カメラマンが運営する団体である事、
当然ながら組織力、資金、宣伝力、運営能力もプロには適いません。
モデルトレーニングにも不足な環境、これをあえてキーワードに設定してみました。

何故か車の名前の写真クラブ、だったら走り屋のようなクラブにしよう、
撮影はバトル、だから
勝って来いよとモデルを送り出す哲学、美を表現するに手段を選ばない、後追いのポジションだから出来るが理由です。
私達は一般素人なので常に挑戦者である事、ミスやリスクを恐れない精神、一般人だからを逆手にバトルに望む、

素人モデル最強理論での運営です。



☆ 性犯罪への徹底管理、
私達が出来る事は本当に何も無いのか?
撮影団体を運営していても、事故が起きたら意味が無い、撮影団体が性犯罪防止取組みは前例が無いと各機関から突っぱねられる事も多かったです。

ですがこうしている間にも性犯罪は横行し、クラブ所属モデルの保護は団体が守られねばなりません。
撮影団体が性犯罪の温床になる事は、あってはならない、この一言がどうしても周囲に伝わらない、
規約整備
の取組みは難しく数年掛り、落着いたのは2010年辺りでした。

右図は福岡市香椎地区の防犯ポスター、
実際にモデルから相談された事も・・・
起きてからでは遅過ぎる。これら教育もクラブの努めです。




<繁栄期>
意外な経緯より繁栄期を迎えたPrelude、



団体が軌道に乗切らない、Preludeだったが・・・
大手撮影団体が静岡に誕生し、応募も低迷のPreludeだったが、2010年後半から応募が殺到、何が起きたか全く不明、理由は???、未だに全く分りません。

北関東地区、関西方面、地元静岡、神奈川地区を中心にモデル問合せが集中、HPも更なる改良を進めてレイアウト整備、カサイ代表就任とPrelude多繁期突入です。

当時の資料を探してみました。(古過ぎたので再修正して記載します。)

(スタッフ資料)

☆代表者、上田高志

  悪を討つ、正義のヒーロー、
  正義を愛し○○ケーを討つ、月を好み変幻自在な現代のヒーロー、
  画像参照、コメントは自分の中の自分イメージなので、参照程度に留めて下さい。

 

 



☆ 副責任者、カサイアキト 

 その昔・・・、昔々の話ですが、カサイはとても悪かったと聞きます。
 どの位悪かったかと自分で想像してみたのですが、恐らくこのような海岸沿いの松の木が好きで、
 こんな物を振回していた。
 真ん中には居ないだろうから多分右の人だろうと思われます。

 かなり昔の話らしいので、細かな質問にはお答えし兼ねますので、ご了承下さい。
 (2010年5月より、カサイ代表就任です)



☆ 静岡支部 (個人名は伏せますが・・・この絵で誰だかもう分りますよね)  

  静岡支部、責任者、ゼロ災でいこう、ヨシっっ!
  難しい質問は無しでお願いします。
  写真とかは多分面白い趣味だと思います。のんびり楽しくやりましょう、
  え??、何で猫??、いやぁ・・・僕に聞かれてもぉ・・・、










(クラブスタッフ、イラスト紹介に付いて)

フォトクラブのスタッフ、メンバーの俗称は団員。何となくですが、それ良いっぽいねぇで決まってしまいメインページに2年半程掲載されました。
イラストはクラブ内外で相当笑点を頂きました。笑って頂いて有難うございました。




<衰退期>

休みがちな副代表者、2頭体制の機能麻痺、

様々な事情を抱えながらの運営、2012年に静岡支部の分離独立やカサイ一人体制、これらによってクラブ運営も病んでいきます。
これら母体運営をカサイ一人で支えるには経費が掛り過ぎて生活費に影響が出ている点、一人で運営する意義答えが見当たらない。2012年にHPが2つに分かれる等、内部管理危機が表面化していきます。

二人揃ってのPrelude、が維持出来ない、

それらが改善される事なく愛知西部で女子部始動も閉鎖、Preludeの内部運営は団結力を失っていきます。小さな団体なのでこれが致命傷と言って良いです。更には2014年春、謎のPrelude代表者交代、理由は不明。嫌気が差してカサイ離脱。(カサイ在籍8年半)

Beeing始動、
スピード感を持ち、周囲には迷惑を掛けずに独立、

撮影団体内部の人間関係で参加者を巻込むのはNGとの思想で一部協力者のみでBeeingは始動します。Preludeでの規約はそのまま継承、実績も引継がせての立上げです。1つの規約に対し2つの団体がある、そんな異質な現象が起きた理由がこれです。

独立は今までの自分を否定するという矛盾、
一切のPrelude関係者と交流を絶つ、無関係な団体からのスタートです。離脱とは孤独との戦いでもありました。ですが仲間の存在が何より暖かかったです。モデル達からも厳しい目線を受ける覚悟、こちらから連絡は絶対しないと決意しBeeingは走り始めました。

団体消滅、
その後、フォトクラブ Preludeは2016年初夏辺りに閉鎖と聞きました。(カサイ離脱1年半後、意外でした)
最終期にはカサイは団体内にいないので、解散理由詳細は分かりません。



Prelude と Beeing、
統括して申せばPreludeとは多くのモデル達の夢を乗せて走った文字通り1台の車でした。不器用で不細工、でも人一倍の夢を乗せた夢を語る車、多くの伝説を作り上げ、その役割を終えます。
決して媚びないスタンス、それらはBeeingの石垣となり血となり生き続けてます。

夢とは、最も身近に存在する物、それを財産にこれからも誇りに思って明日に向っていって欲しい、そんな瞬間を与えた幻の団体、
名と伝説を残して姿を消した団体、

それが
フォトクラブ Prelude だったと思います。


(当時のメインページデータが残ってませんので、悪しからずご了承下さい)



B-pro、サイトロゴ



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