B-pro撮影会 クラブ履歴


2006年(第一期) line
6月フォトクラブPrelude創設、上田(代表)+カサイ(監督)、スタート直後に身内の病気治療でカサイ半年リタイヤ、
HP仮運営試みという事もあり初年度実績はほぼ無しでした。応募問合わせも写メ取扱がメイン、試行錯誤のスタート1年目でした。
政治的には、勝組負組や想定内、という言葉がよく使われていた時代でした。弱肉強食の強の部分のみクローズアップされ
弱者には厳しく、そんな小泉首相と時代風潮の流れの1年でした。
B-pro撮影会、2006-1 B-pro撮影会、2006-2

(身内の関連優先、色んな所に出掛けた1年です。写真は高根城、特急東海)

2007年(第二期) line
7月クラブ実質応募受注がスタート、撮影団体として活動が少しずつですが始まりました。
HP整備、規約整備等も進めていった時期です。特にHP関連はシステム化に苦労に苦労を重ねた1年でした。
政治的には安倍内閣が誕生、3月には能登半島にての震災もありクラブ業務にも影響が出ました。
日本の景気的にも陰りが見え始めていた時期でもあったように思います。
B-pro撮影会、2007
(初応募は埼玉、・・・って結構遠い距離でした。)

2008年(第三期) line
応募システムも比較的安定しつつの時期です。定期興行も少ないながらも確実に打て、
HPシステムも携帯ページ完成とクラブ運営も数名の補佐を加えて運営、遠方受注もよく受けていた時期でした。
秋口上田2ヶ月程、腹膜炎の為病欠頂きました。
日本情勢的にも福田総理突然の辞任での、貴方と違うんですっ!、発言が話題になった時期、
相も変わらずコロコロとよく総理の変わる国だと実感します。個人的に上田の勧めでmixiスタート、
チェックはここより、
mixi.jp/show_profile.pl

B-pro撮影会、2008-1

2009年(第四期) line
受注的にヌード撮影含め順調ではあるものの景気判断的に興行自粛での活動でした。
上田は精神疲労より長期療養とカサイは鉄工業務の激減よりクラブ大幅自粛運営の1年です。
家族と過ごす機会が増えるのは結構ですが所得的な問題等不安材料も多い1年でした。
社会的にも世界経済の不安による景気の悪化、雇用不安、派遣切りより失業者で職安で溢れるという
かつての日本からは想像も付かない現実の1年になりました。特に今回の不況は製造業に特化した流れなので
鉄工業界にも大きな爪痕を残す結果となりました。私も多くの仲間達も同時に失業、暗い影の残る年でした。
定額給付金支給のあった年でもあります。
B-pro撮影会、2009
(遠征は茨城、ここまで来ると旅行です。)

2010年(第五期) line
年始激しい応募受付、問合せも多数も何故か春先より失速、夏場には応募がほぼ無い状態での運営になりました。
リピートモデル数名による運営、管理部に人材+@加えて強化運営も少し空回り気味で運営でした。
秋口より不思議と過去1件の問合せすら無かった神奈川地区より数件の応募から後半地元応募も復調、
終わってみれば過去最強実績での1年でした。
景気的な部分も後半は徐々に回復傾向で鉄工業界もちょっとだけ一段落、といった感覚です。
B-pro撮影会、2010 (寝台特急北陸廃止、クラブはカサイ代表就任)

2011年(第六期)  line
リピートモデル固定化、主力モデルも安定してクラブ支部2分割してのスタートでした。比較的安定期ではありましたが、
年度後半スタッフとモデルに振り回された1年でした。小規模運営は結束が命、この部分は諸刃の剣でもあります。
人を信用して使うが最悪の方向に出た年でもありました。
私的には鉄工業務の回復による日程確保が課題でした。休出残業対応で日程調整出来る環境であった事が幸いです。
会社より横MCを停めてすぐ撮影現場に向かう事も多かった年でした。
B-pro撮影会、2011-1  B-pro撮影会、2011-2

(廃墟、事故、色んな事が起きた1年でした。)
2012年(第七期) line
団体分離に伴う人材不足からスタートとなった1年です。上田長期離脱と運営団体強化と夏場には人材も揃い再スタート、
緑のCMSページも開始し1ランクレベルアップ運営、多くの方々にご協力頂きました。
旧来のコンパクトデジカメ中心での撮影も徐々に一眼での撮影に移行しこちらも徐々にといった感じです。
B-pro撮影会、2012
(前半強烈に苦労した分後半は遊びまくりました。とても良い1年でした)

2013年(第八期) line
撮影は大幅なカテゴリの一新を行い遊び心にも力を入れ、フォトクラブの基本方向性が固定されていきました。
興行は全くもって順調な1年でしたが、勤務先の鉄工所閉鎖があり突如の解雇、
また失業者になったと思いきやかつての職場社長より声が掛かり復職、親族の死去もありましたが結果報われた1年となりました。

B-pro撮影会、2013
(え?、私ですか?、毎日遊びまくりの1年でした。親父との最後の桜も良き思い出です)

2014年(第九期) line
昨年後半よりモデル絡みルール無視参加カメラマンから興行の足並みが乱れ不安定な興行内容が目立ちました。
加えて毎度の上田長期離脱宣言+メインページ閉鎖とマイナス材料の多い中、浜松アリーナ大会含め
少人数ですが実績作りに邁進も、クラブ運営体制Preludeに嫌気が差してカサイ離脱、B-proとして独立です。
正直に意味不明な1年でした。団体存在は自己満足であってはならないの考えより離脱です。
B-pro撮影会、2014
(人から恨まれる勇気、嫌われる事を恐れない、最も大事だと痛感した1年。年間で適当な画像なしの為、朝顔でスミマセン)


2015年(第10期) line
B-pro独立、一部中傷もありましたが団体内は結束して集中出来た1年でした。
モデルの体調も不安もありつつも終わってみれば充実の1年でした。旧団体とは徹底的に距離をおき興行集中です。
古巣のABC写真クラブにも復帰、風景撮影等にも取り組み、雑音もそれなりに多い中ですが、とにかく今を大切にの1年でした。
B-pro撮影会、2015-1 B-pro撮影会、2015-2
(ABC写真クラブ活動、全員が先輩です。写真は自惚れたら終わり、厳しい評価も時には必要です。)

2016年(第11期)
前半は予定も少なくですが春先よりNKトレーディングとの提携が始まり中盤は比較的人数多目の撮影が目立ちました。
クラブ的には大きく動き各種手続き、関係者様への営業も多く本業の鉄工以上に忙しい1年でした。
本業、暇です。これじゃダメっ、
B-pro撮影会、2016-1 B-pro撮影会、2016-2
(B-proの原動力になっていたCMSサイトが終了です。HPも芸術的に、勢いだけは負けません。)

2017年(第12期)


昨年末のNKトレーディングの業務放棄から緩め運営も出版社とのお付合いや各種展示会へのお招きと順調です。







 



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